2009-12-12(Sat)
とある科学の超電磁砲 #11 木山せんせい
レベルアッパーの真の目的。

それは木山が今もなお「せんせい」である証しでした。

どこかへ向けて疾走するガヤルド車内にて木山はレベルアッパーの正体を白状。並列コンピューティングと同様の理屈にて市民の脳をネットワークで繋ぎ高度な演算を行うのが目的で、要するに能力レベルの向上は副次的な効果のようです。学園都市の性格上そちらを前面に出せば急速に浸透すると踏んでのネーミングなのでしょう。「何故かツリーダイヤグラムの使用許可が下りない」と言う木山、いつもの調子で抑揚なく話していますがこれがレベルアッパー事件の根幹、ひいては学園都市の闇を晒すことになりました。
初春拉致の通報から動いたにしては妙に迅速なアンチスキルの踏み込み。後半にて明らかになる例の一件にて木山は上層部からマークされていたのでしょうね。正規の手続き以外で起動すると自爆(違)するプログラムはサイエンティストのお約束です。自爆は科学者の浪漫ですから。アラートが響いてデータデリート、ガヤルドのモニタに状況が転送されるギミックはかっこいいなあ。そんなことを言っている場合ではないのですが。
レベルアッパーの治療用プログラムを初春に託す木山。この辺のやり取りは初春のレベルアッパーに対する怒り、木山に対する不信が入り交じった厳しい表情が見もの。普段のほわほわイメージから一転しての厳しい口調はただのボケキャラではない存在感が見て取れますね。このような表情は以前も何度か見せていますが、今回は佐天さんの一件もあって一際厳しいです。「アンインストールすれば後遺症なしで元に戻るから誰も犠牲にならない」と木山は言うけれど、佐天さんのように一人暮らしで昏睡に陥ったら十分問題なのでは? 佐天さんの場合はすぐに初春が駆け付けたから事なきを得たけれど、誰も来なければ普通に生命の危機のような。ところで頭のお花畑に関する回答はまだか?(笑
そんなこんなでガヤルドの走るハイウエイはアンチスキルによって道路封鎖され、しかし木山は慌てることもなく…レベルアッパーの「副産物」を発動させると左目が赤く染まり、様々な能力を使ってアンチスキルに攻撃を仕掛けます。ここで他のレベルアッパー使用者と違うのは前述どおり「様々な能力」を使えるという点、まあ他の作品だと複合超能力者は特に珍しくないような気がしますが、この作品に於いて複合能力は「ありえない」とされています。他の使用者と違って何故木山だけが? というのはおそらくメルクマールさんが前回レビューにてレベルアッパーシステムをWinnyネットワークに例えたのがわかりやすい。ネットワークの頂点に立つ木山は集約する「能力」を統べており、個々の持つ様々な能力はそれぞれ小さくともレベルアッパー効果によって増幅され、その全てを自在に並列処理できてしまう。とはいえこんなことをしたら木山の脳の負担は尋常なものではないはず。何しろ1万人分の能力データ(?)が流れ込んでくるのでしょうから。PCで言えば膨大すぎるデータを処理するためクロックを限界以上に上げたCPUが焼き切れてしまうような。

現場へ駆け付けた御坂vs木山の対峙。さすがの電撃姫も尋常ならざる能力の前に押され気味でありました。電撃を放ってもガードされ、返す刀で高架を崩されて落下、くり抜かれた支柱に押し潰され…どのカットも気合の入ったアクションが見ものでしたが、それらの攻撃を受けてもビクともしない御坂が頑丈すぎてちょっと笑った。いや御坂も頑丈だけどこの高架もこれだけ破壊されて崩壊しないとはかなり頑丈、かなり過剰品質で造られているようですね。事業仕分けでコスト削減の対象になりそうな(笑。しかしこれだけ大暴れしてるのにアンチスキルの応援が来ないのはどういう? まさかあの一部隊が全てじゃないよねえ?
御坂の正義感を「世間知らずのお嬢様」と一蹴し、学園都市の能力開発について含みを持たせるセリフを吐く木山。幼い頃から家族と引き離されて能力開発プログラムを叩き込まれ、それを当然のこととして受け入れ、目の前のハードルを越えることに躍起だった御坂は学園を疑うなど考えもしなかったかも。
木山はさらにアルミ缶を御坂の頭上に舞い散らせてグラビトンの再来。対する御坂は片っ端から電撃で撃ち落とすも、テレポートまでも使える木山はアルミ缶を御坂の背後に飛ばして王手。至近距離からの大爆発を受けて瓦礫へ埋まる御坂、これにて勝負ありと思いきや、我らが電撃姫はこんなことでは負けません。現場から立ち去ろうと踵を返す木山の背後にスッと立ち、抱き付いてゼロ距離からの電撃であります。「あの馬鹿には効かなかった」と言ってましたがこのやり方で電撃を食らったらさすがのあの馬鹿(笑)もイチコロでしょう。ていうか死ぬ死ぬ。
意識を失った木山に触れた手から電気を介して木山の記憶が流れ込んできました。そんなことがありえるのか?というツッコミは野暮なのでしません。異能の力についてツッコんでも意味がありませんからね。これはもう「こういうもの」として素直に受け入れて楽しむが吉。

Bパートは木山の若かりし頃、以前チラリと言っていた「教師」だった頃の話です。御坂へ流れた記憶を回想シーンのように映すのは面白い見せ方でした。「先進教育局 小児用能力教材開発所 付属小学部」といういかにもな施設に送られた木山、その経緯からして最初から人体実験目的であることは想像つきますね。チャイルドエラーと呼ばれる身寄りのない子供たちを集めた施設、学園都市は外界と遮断されているはず(だよね?)なので外からの捨て子ではなく、都市内の住民が生んだ捨て子なのでしょう。まあいい若い者が何万人と暮らす街なのでTVでは放送できないようなこともいろいろあっての捨て子なのかな。身よりもなく、おそらく戸籍も無いような子供たちですからモルモット用途としては最適、表向きはともかく木山はその「飼育」に駆り出されたというわけですか。
いかにも研究者の木山は教師として配属されたはいいけれどどうしたらいいのやら。無駄に元気な子供たちからさっそく新任の洗礼を受け、慣れぬ扱いに戸惑い、好き嫌いを指摘され、事あるごとに伊武雅刀の如く「私は子供が嫌いだ!」と呟いていました。しかしそんな日々にも次第に慣れ、子供たちのまっすぐな気持ちに少しずつ溶け込んでいきます。その過程を機械的な黒コマの区切りで見せていく演出は…気持ちが向上していく区切りなら少しずつ明るくしていきそうなものですが…その先に起こる悲劇を予感させました。カットごとに変化する視点位置(大人目線・子供目線の切り替え)の演出も秀逸。まあこんな風景を見せられては嫌でも先の悲劇を予感するので勝手にそうイメージしてしまっただけかもですけれども。
風呂の湯船に浸かった子供はこんな小さいのに、ろくに風呂にも入れてもらえないのに「この街の役に立てるようになりたい」と殊勝な様子。風呂から上がってソファーで寝入ってしまった子供を見つめる木山は「いい迷惑だ」と言いつつも落とす視線が優しくて、このシーンだけで私の涙腺は以下略。
その後さらに子供たちとの日々の描写が続きます。木山は相変わらず「子供は嫌いだ」と区切りますが徐々に口調が優しくなっていき、最後には「子供は…」と言葉を詰まらせます。ああもうダメだもう勘弁してくれこのまま幸せなまま終わってくれ。というか似顔絵とかおたんじょうびおめでとうとか反則すぎ。

もちろん幸せなまま終わるはずも無く。物々しい機械に囲まれての実験なのに「せんせいのこと信じてるもん!」と笑顔を返す子供の表情が終わってみればどれだけ残酷だったか。最初から仕組まれていた暴走実験、その結果検体となった子供たちは…実験前に外したカチューシャと流れる血の取り合わせはキッツイ描写でした。これをして「科学の進歩のため」と割り切っている教授のマッドっぷり、対する木山の崩壊は画面を正視できないほど辛い。
事の真相を知った御坂はにわかに信じられず。しかし上層部までグルになっての隠蔽により救出の手段も封じられ、もはや手段を選んでいられない木山の絶叫は何とも辛い。まあ流れとしてはほとんどテンプレのようなものでBパートに入った瞬間に悲劇のオチまで読めてしまうような話ですが、木山のキャラクター性や学園の暗部、またカーストに直結する「レベルアッパー」を絡めたこれまでの流れは十分に面白いです。また今回のサブタイトル「木山せんせい」の「せんせい」が何故ひらがななのか?と思っていたけれど、なるほどこれは上手いネーミングだとちょっと感心。
さて断末魔の如きさらなる絶叫の木山から発生した胎児のようなものはいったい? 「子供」に執心するあまりに木山が具現化した彼女自身の能力の発動、この作品世界で言うところの「パーソナルリアリティ」でしょうか。または膨大な能力ネットワークの暴走が生み出した悪魔の胎児という意味か。とりあえずがんばれビリビリちゃん。こんなとき上条さんがいてくれればものの数秒で解決だろうに…今なにしてんだろ?
レビュー省力化計画のためキャプを減らしたのにその分テキスト書いてちゃ意味が無い。
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それは木山が今もなお「せんせい」である証しでした。

どこかへ向けて疾走するガヤルド車内にて木山はレベルアッパーの正体を白状。並列コンピューティングと同様の理屈にて市民の脳をネットワークで繋ぎ高度な演算を行うのが目的で、要するに能力レベルの向上は副次的な効果のようです。学園都市の性格上そちらを前面に出せば急速に浸透すると踏んでのネーミングなのでしょう。「何故かツリーダイヤグラムの使用許可が下りない」と言う木山、いつもの調子で抑揚なく話していますがこれがレベルアッパー事件の根幹、ひいては学園都市の闇を晒すことになりました。
初春拉致の通報から動いたにしては妙に迅速なアンチスキルの踏み込み。後半にて明らかになる例の一件にて木山は上層部からマークされていたのでしょうね。正規の手続き以外で起動すると自爆(違)するプログラムはサイエンティストのお約束です。自爆は科学者の浪漫ですから。アラートが響いてデータデリート、ガヤルドのモニタに状況が転送されるギミックはかっこいいなあ。そんなことを言っている場合ではないのですが。
レベルアッパーの治療用プログラムを初春に託す木山。この辺のやり取りは初春のレベルアッパーに対する怒り、木山に対する不信が入り交じった厳しい表情が見もの。普段のほわほわイメージから一転しての厳しい口調はただのボケキャラではない存在感が見て取れますね。このような表情は以前も何度か見せていますが、今回は佐天さんの一件もあって一際厳しいです。「アンインストールすれば後遺症なしで元に戻るから誰も犠牲にならない」と木山は言うけれど、佐天さんのように一人暮らしで昏睡に陥ったら十分問題なのでは? 佐天さんの場合はすぐに初春が駆け付けたから事なきを得たけれど、誰も来なければ普通に生命の危機のような。ところで頭のお花畑に関する回答はまだか?(笑
そんなこんなでガヤルドの走るハイウエイはアンチスキルによって道路封鎖され、しかし木山は慌てることもなく…レベルアッパーの「副産物」を発動させると左目が赤く染まり、様々な能力を使ってアンチスキルに攻撃を仕掛けます。ここで他のレベルアッパー使用者と違うのは前述どおり「様々な能力」を使えるという点、まあ他の作品だと複合超能力者は特に珍しくないような気がしますが、この作品に於いて複合能力は「ありえない」とされています。他の使用者と違って何故木山だけが? というのはおそらくメルクマールさんが前回レビューにてレベルアッパーシステムをWinnyネットワークに例えたのがわかりやすい。ネットワークの頂点に立つ木山は集約する「能力」を統べており、個々の持つ様々な能力はそれぞれ小さくともレベルアッパー効果によって増幅され、その全てを自在に並列処理できてしまう。とはいえこんなことをしたら木山の脳の負担は尋常なものではないはず。何しろ1万人分の能力データ(?)が流れ込んでくるのでしょうから。PCで言えば膨大すぎるデータを処理するためクロックを限界以上に上げたCPUが焼き切れてしまうような。

現場へ駆け付けた御坂vs木山の対峙。さすがの電撃姫も尋常ならざる能力の前に押され気味でありました。電撃を放ってもガードされ、返す刀で高架を崩されて落下、くり抜かれた支柱に押し潰され…どのカットも気合の入ったアクションが見ものでしたが、それらの攻撃を受けてもビクともしない御坂が頑丈すぎてちょっと笑った。いや御坂も頑丈だけどこの高架もこれだけ破壊されて崩壊しないとはかなり頑丈、かなり過剰品質で造られているようですね。事業仕分けでコスト削減の対象になりそうな(笑。しかしこれだけ大暴れしてるのにアンチスキルの応援が来ないのはどういう? まさかあの一部隊が全てじゃないよねえ?
御坂の正義感を「世間知らずのお嬢様」と一蹴し、学園都市の能力開発について含みを持たせるセリフを吐く木山。幼い頃から家族と引き離されて能力開発プログラムを叩き込まれ、それを当然のこととして受け入れ、目の前のハードルを越えることに躍起だった御坂は学園を疑うなど考えもしなかったかも。
木山はさらにアルミ缶を御坂の頭上に舞い散らせてグラビトンの再来。対する御坂は片っ端から電撃で撃ち落とすも、テレポートまでも使える木山はアルミ缶を御坂の背後に飛ばして王手。至近距離からの大爆発を受けて瓦礫へ埋まる御坂、これにて勝負ありと思いきや、我らが電撃姫はこんなことでは負けません。現場から立ち去ろうと踵を返す木山の背後にスッと立ち、抱き付いてゼロ距離からの電撃であります。「あの馬鹿には効かなかった」と言ってましたがこのやり方で電撃を食らったらさすがのあの馬鹿(笑)もイチコロでしょう。ていうか死ぬ死ぬ。
意識を失った木山に触れた手から電気を介して木山の記憶が流れ込んできました。そんなことがありえるのか?というツッコミは野暮なのでしません。異能の力についてツッコんでも意味がありませんからね。これはもう「こういうもの」として素直に受け入れて楽しむが吉。

Bパートは木山の若かりし頃、以前チラリと言っていた「教師」だった頃の話です。御坂へ流れた記憶を回想シーンのように映すのは面白い見せ方でした。「先進教育局 小児用能力教材開発所 付属小学部」といういかにもな施設に送られた木山、その経緯からして最初から人体実験目的であることは想像つきますね。チャイルドエラーと呼ばれる身寄りのない子供たちを集めた施設、学園都市は外界と遮断されているはず(だよね?)なので外からの捨て子ではなく、都市内の住民が生んだ捨て子なのでしょう。まあいい若い者が何万人と暮らす街なのでTVでは放送できないようなこともいろいろあっての捨て子なのかな。身よりもなく、おそらく戸籍も無いような子供たちですからモルモット用途としては最適、表向きはともかく木山はその「飼育」に駆り出されたというわけですか。
いかにも研究者の木山は教師として配属されたはいいけれどどうしたらいいのやら。無駄に元気な子供たちからさっそく新任の洗礼を受け、慣れぬ扱いに戸惑い、好き嫌いを指摘され、事あるごとに伊武雅刀の如く「私は子供が嫌いだ!」と呟いていました。しかしそんな日々にも次第に慣れ、子供たちのまっすぐな気持ちに少しずつ溶け込んでいきます。その過程を機械的な黒コマの区切りで見せていく演出は…気持ちが向上していく区切りなら少しずつ明るくしていきそうなものですが…その先に起こる悲劇を予感させました。カットごとに変化する視点位置(大人目線・子供目線の切り替え)の演出も秀逸。まあこんな風景を見せられては嫌でも先の悲劇を予感するので勝手にそうイメージしてしまっただけかもですけれども。
風呂の湯船に浸かった子供はこんな小さいのに、ろくに風呂にも入れてもらえないのに「この街の役に立てるようになりたい」と殊勝な様子。風呂から上がってソファーで寝入ってしまった子供を見つめる木山は「いい迷惑だ」と言いつつも落とす視線が優しくて、このシーンだけで私の涙腺は以下略。
その後さらに子供たちとの日々の描写が続きます。木山は相変わらず「子供は嫌いだ」と区切りますが徐々に口調が優しくなっていき、最後には「子供は…」と言葉を詰まらせます。ああもうダメだもう勘弁してくれこのまま幸せなまま終わってくれ。というか似顔絵とかおたんじょうびおめでとうとか反則すぎ。

もちろん幸せなまま終わるはずも無く。物々しい機械に囲まれての実験なのに「せんせいのこと信じてるもん!」と笑顔を返す子供の表情が終わってみればどれだけ残酷だったか。最初から仕組まれていた暴走実験、その結果検体となった子供たちは…実験前に外したカチューシャと流れる血の取り合わせはキッツイ描写でした。これをして「科学の進歩のため」と割り切っている教授のマッドっぷり、対する木山の崩壊は画面を正視できないほど辛い。
事の真相を知った御坂はにわかに信じられず。しかし上層部までグルになっての隠蔽により救出の手段も封じられ、もはや手段を選んでいられない木山の絶叫は何とも辛い。まあ流れとしてはほとんどテンプレのようなものでBパートに入った瞬間に悲劇のオチまで読めてしまうような話ですが、木山のキャラクター性や学園の暗部、またカーストに直結する「レベルアッパー」を絡めたこれまでの流れは十分に面白いです。また今回のサブタイトル「木山せんせい」の「せんせい」が何故ひらがななのか?と思っていたけれど、なるほどこれは上手いネーミングだとちょっと感心。
さて断末魔の如きさらなる絶叫の木山から発生した胎児のようなものはいったい? 「子供」に執心するあまりに木山が具現化した彼女自身の能力の発動、この作品世界で言うところの「パーソナルリアリティ」でしょうか。または膨大な能力ネットワークの暴走が生み出した悪魔の胎児という意味か。とりあえずがんばれビリビリちゃん。こんなとき上条さんがいてくれればものの数秒で解決だろうに…今なにしてんだろ?
レビュー省力化計画のためキャプを減らしたのにその分テキスト書いてちゃ意味が無い。
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